【海外ソフトテニス情報】今後ますます強くなるインドネシアチーム

カンボジアのまさと(masato_ogiwara)です。

アジア選手権を会場まで見に行った人の記憶には新しいと思いますが、男子のシングルス決勝は日本代表の内本選手とインドネシア代表のSIE ELBERT選手でした。

男子シングルス決勝は33:26〜

 

しかも、このシングルスの決勝戦はファイナルの⑦-5とかなり接戦だったということもあり、驚いた人も多かったのではないでしょうか。

 

そこで今回は僕がアジア選手権の時にお会いした、インドネシアでのソフトテニスの普及に多大なる貢献をされた武井さんからお聞きしたお話を紹介します。

インドネシアのソフトテニスの歴史

ここからはインドネシアのソフトテニスの歴史について紹介していきます。
きっと知らない人ばかりだと思いますが、実はインドネシアのソフトテニスの歴史は1988年から始まっているのです。

1988年から始まったインドネシアのソフトテニス

120_2038(引用元:Indonesia Soft Tennis Supporter)

 

まずはインドネシアのソフトテニスの歴史から紹介します。

実はインドネシアでは、1988年にソフトテニス協会が設立され、日本ソフトテニス連盟のサポートによって技術指導や、組織の確立を行なってきました。

そのおかげもあり、同年インドネシアのNOC(National Olympic Committee)オリンピック委員会)に加盟。

 

それからは以下主要イベントにも参加。

  • 世界選手権:1991年@ソウル、1995年@岐阜、1999 年@台北
  • アジア選手権:1992年@ジャカルタ、1996年@バンコク、2000年@佐賀
  • アジア競技大会:1994年@広島(初めてソフトテニスが公式競技となった)

 

まさかのオリンピック委員会からの脱退

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(引用元:インドネシアソフトテニス連盟)

 

インドネシアでのソフトテニスの普及活動が順調に進んでいく中、1998年に事件が起こりました。

それはオリンピック委員会加入必要条件の「34 州中 10 州以上での実態活動」が満たされていないということを理由に、インドネシアソフトテニス協会が、オリンピック委員会から脱退させられてしまいます。

オリンピック委員会から外れてしまったものの、2002年から武井さんが普及活動に参加されるようになり、日本ソフトテニス連盟の支援を得ることで国際大会への出場を継続させることができました。

 

そしてこの頃からインドネシアは着々と国際大会で結果を出すようになります。

参加した主要イベントは以下の通りです。

  • 世界選手権:2003年@広島 Mr. Gularso + Mr. Wisno がベスト16に入賞、2007 年@韓国
  • プレ世界選手権:2006年@韓国Mr. Ferlyが金メダル獲得
  • アジア選手権:2004年@タイでMr. Edi が 3 年間無敗だった韓国人世界チャンピオンの方峻煥を破り大波乱を巻き起こす 、2008年@韓国
  • アジアカップ広島:2005年初参加(1994 年アジア大会への公式競技入りの記念大会)
  • 東南アジア選手権:2002年から2年に1度タイ、フィリピン、インドネシア、マレー
    シアで順次開催。常に獲得メダル数最多
  • 中山杯(台湾):2005年から参加 Mr.Ferly+Mr.Ferdy銅メダル獲得

2011年の本国開催のSEA GAMEに初の公式競技のして参加

35(引用元:武井さんのソフトテニスレポート

オリンピック委員会から外れてしまったことにより、アジア競技大会への参加資格をなくしてしまったインドネシアは、2010年からテニス協会の傘下でNOCに再加盟。

当時東南アジアの中でインドネシアがトップレベルであったこともあり、5つの金メダルの獲得を約束し、2011年の本国開催のSEA GAMEにソフトテニスを加入させることに成功。

(補足:SEA GAMEとは東南アジアのオリンピックと呼ばれる大会で、オリンピック委員会に加盟していない競技は参加できない。)

 

そして、そこから国の全面的な支援を受けられるようになり、インドネシア人選手の強化をするために日本のトップレベルの選手との合同強化練習や、各主要大会の出場を継続することができ、結果的に2011年にインドネシアで行われたSEA GAMEでは、7種目(男女シングルス、男女ダブルス、ミックスダブルス、男女国別対抗戦)すべて金メダルを独占する快挙を達成しました。

 

2013年にはソフトテニス単独でオリンピック委員会へ再加盟

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(引用元:インドネシアソフトテニス連盟)

 

2013年には新しくインドネシアソフトテニス協会を再編成し、ソフトテニス単独でのオリンピック委員会への加盟に成功

そして、2011年の SEA GAMEでの実績が認められて、翌年の2014年のアジア競技会にも、1994年以来の20年ぶりの参加を果たすことができました。

06(引用元:武井さんのソフトテニスレポート

しかも男子シングルスでMr. Edi が銀メダルを獲得を獲得し、混合ダブルスでMr. Prima と Ms. Maya が銅メダルを獲得するという快挙を成し遂げました。

迎える2016年日本開催のアジア選手権

Cxwp72HUAAAU2nf提供:Hanaさん(@SFphoto87 

そして今年の千葉で行われたアジア選手権では、男子シングルスでMr.ELBERTが銀メダル、ミックスダブルスでMr.PRAMONOとMs.DWIが銅メダル、男子国別対抗戦では初戦で中国を破り、準々決勝ではフィリピンを破り、銅メダルを獲得しました。

大会中も噂になっていましたが、今回のインドネシアのメンバーは、全て硬式テニスからの転身で、男子 5人中3 人は元デビスカップ選手で、女子5人中3人は元ツアープロとのことでした。

この写真の男子シングルス銀メダルのMr.ELBERTも、元デビスカップ選手で硬式テニスで活躍する選手だったようです。

今後のインドネシアのソフトテニスの展望

maxresdefault(引用元:インドネシアソフトテニス連盟)

今回のアジア選手権でのメダルを機に、インドネシアでのソフトテニスの知名度が向上したということもあり、今後はインドネシアにある全34州への普及をおこなって、競技人口の増加を狙っていきたいとのことでした。

そして現在は、日本でいう国体相当の大会でソフトテニスを公式競技として、公認してもらえるように計画しているようです。

 

本当に長い間インドネシアでのソフトテニスの普及、発展にご尽力されてきた武井さんのお話は、現在カンボジアでソフトテニスの普及を行なっている僕にとって、とても勉強になり参考になるお話が多く、新しい学びがたくさんありました。

 

日本とは文化も環境も違う海外だからこその難しさはありますが、今回のアジア選手権でのインドネシア選手の活躍は、東南アジアのソフトテニスチームにとって勇気を与えてくれるものでした。

2年後に行われるアジア競技大会では、カンボジアチームが少しでも名前を残せるように、いろいろなサポートを行なっていきたいと思います!

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